トップページ > 礼拝のみ言 > 2013年8月4日

2013年8月4日 題目「今一度感謝の心を持って」 許満亮教会長


本文のみ言 聖書、世界経典、み旨と世界


テサロニケ人への手紙5.16−18
 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。(使徒パウロ)

世界経典 第15章 信仰
 信仰生活の本質とは何でしょうか。神様に感謝する心です。そのような心があるとき、それが、堕落の因縁を越えて神様と私が一つの因縁で結ばれる基になるのです。自分がこの世の中で良い立場に立って、初めて感謝しなければならないのですか。違います。今まで神様は、良いときだけ私たちのために苦労してこられたのではありません。困難なときであるほど、より苦労することを誓われたのです。ですから、今日の私たち自身も、神様を私の父として侍るためには、私の代わりに働かれ闘ってこられた神様に、良い立場で感謝することよりも、困難な立場でより一層感謝しなければなりません。したがって、過重な十字架の途上でも神様に感謝できるというのは、このような原則を理解するときに可能なのです。(29−338、1970.3.14)

 忍耐して辛抱するだけでは不足です。忍耐と辛抱だけして、「ああ、大変だ」と言ってよいのですか。忍耐して辛抱したとしても、忍耐して辛抱していないかのように感謝する心と賛美する心をもって忍耐し辛抱しなければならないのであって、不平を言いながら忍耐すれば神様が来る途中で逃げていかれます。忍耐して辛抱するときは感謝する心が必要です。感謝する心がなければ、忍耐できません。感謝する心が支柱になれなければ、忍耐したとしても、そこには神様が一緒にいることができません。(44-28,29、1971.5.4)

 神様は、皆さんのお父様です。血、生命、血統が連結され、誰も干渉できない絶対的な因縁の結束体です。ところが、神様を知らないではないですか。神様の愛や、神様の生命や、神様の血統という言葉は聞きましたが、実際に神様の涙ぐましい心情を感じてみたことがありますか。皆さんの骨髄がすすり泣くような痛みを感じてみたことがあるのかということです。

 山川草木を見つめるとき、自らの行く道を見失ってしまうほど、神様に感謝する心を、一日に一度、二度感じて見なければ、本来の心情世界と通じることのできる道がありません。(371-115、2002.2.24)

 先生が教えてあげたあとでやらなければ、仕方がありません。神様もどうすることもできません。先生もどうすることもできないのです。ですから、天国へ行くか、地獄へ行くかは自分自身が決定するのです。レバレンド・ムーンが決定するのではなく、神様が決定するのではなく、自分が決定するのです。不平を言えば地獄であり、不平を言いたい時に感謝していけば天国だというのです。(96-122、1978.1.2)

 感謝はどのようなときにしなければなりませんか。楽で良いときにするのではなく、困難でつらいときにしなければならないのです。それを知らなければなりません。感謝の心情を中心として、きょうこの現在を神様が比較、審判しているのです。法廷でもそうではないですか。法廷で判事や検事たちが求刑するとき、それを有り難く思って受けようとする人には刑を減らしてあげようとするのが判事の心情であり、検事の心情だというのです。(104-279、1979.6.1)

み旨と世界 (韓国語版P569)
 先生は今まで惨めな一生を経て来ましたが、日ごとに、感謝することが多くなることを知っております。それは、どこから出来たでしょうか。家庭の中から生まれてくるものです。そして、先生が皆さんに相続してあげようとするのが何かというと「家庭的な勝利圏」です。そのような相続を受けることのできる家庭はどのような家庭でしょうか。世界を代表した家庭、メシヤ的使命を担った家庭です。(1978.10.22、中央修練所、777家庭、第8回定期総会、)

 



                        戻る





reihai20120715.htmlへのリンク