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2013年3月17日 題目「愛天愛人愛国の生活」

訓読のみ言 天聖経より

 毎日のように慕わしく思えない人は、神様に侍ることはできません。皆さんは誰を慕うとしても、いつも慕わしさに浸っていなければなりません。    (天聖経1076P)

 この道を行くためには愚鈍でなければなりません。忠臣たちは、ある意味で間抜けな人たちです。少しは愚鈍に見えます。熊のような性格があるというのです。自分の腕が切られても『ああ、ここがあまり切れていない。もっと切りなさい』という愚鈍な面がなければなりません。熊や猪は、銃に打たれて足手まといになる 部分があれば、その部分をかみ切って逃げます。死はあとで考え、いったん足手まといになるものを切ってしまいます。そのような愚鈍な何かがなければなりま せん。忠臣烈士は愚鈍でなければなりません。少しは愚かでなければならないというのです。    (天聖経1084P)

 皆さんは先生の血と汗の代価で買ってきた人たちです。先生の体を与えて買ってきた人たちです。ですから皆さんは先生と同じ仕事をしなければなりません。先生は食口たちを誇りたいのです。このような立場で公約しましょう。       (天聖経1089P)

 今後、教会時代は過ぎ去っていきます。人類が願うのは、教会ではありません。教会は堕落圏内で、復帰の運命の道を行く際に必要なのであって、新たな時代を迎 えれば、教会時代は終わるのです。それゆえ統一教会は、教会活動をするのではありません。教会の名で社会に適応し、社会を改革し、社会の廓清(浄化)運動 をするのです。そうすることが、その国と民族、そして世界に住む人類に果たすことのできない、開拓者の使命を成し遂げることになるのです。今こそ皆さん は、この道を行かなければなりません。         (天聖経1103P)

 人格者となるためには、組織的な訓練が必要です。集団的な教会生活を通過しなければなりません。すなわち、全体的な理念や制度に通じることができるかが問題 です。そのような関門が、教会になるのです。       (天聖経1106P)  

 私が早朝三時に集めて 一年なり何年なり伝統を立てて眠らせないようにすることでしょう。人は怠情になってはなりません。楽にしてはならないのです。楽な世界では発展がないので す。それゆえ、どの国家でも新たに復興してからといって、それに満足し、陶酔していれば滅びるのです。                    (天聖経1110P)

 過ぎ行く歳月とともに流れていってはいけません。新たな日に備えて前進する群れとならなければ、荒野ではげたかの餌食となります。私たちは歴史的開拓者だという事実を知らなければなりません。開拓者は困難な環境を突破して、あす へと向かう希望の前に準備態勢を整えて進むべきです。                    (天聖経1112P)








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