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2013年2月3日 題目「回心の時」 古屋泰春教会長

訓読のみ言 「天地共鳴圏と真の父母様ご聖婚式」より

 私が今行きたい所、私が少年時代にみ旨を知り、慟哭した場所が恋しいです。木を抱き、私の事情を理解してくれる人がいないと慟哭したその人が、その場所に行きました。行ってみると木もないし、全てなくなってしまいました。再びその姿のままに私が改築しなければなりません。改築をしなければなりません。改築できるあなたたちが私の後についてきて、百歳を超える老人の歩みに従い、若い人々が感謝の涙を流して動くことができてこそ、先生が解怨されることのできる祖国が蘇り始めるのです。蘇っていないのが、蘇り始めるというのです。

 私はその希望を見て行きますが、皆さんはその世界で生きることができます。分かりますか?いつ、何ヶ月になるか分かりませんが、私は過ぎ去ってしまいます。私が生きた、生きてきたその世界を皆さんに任せ、先生の代わりに、青春の歳月を流してしまい、苦労したその生活の代わりに、福で皆さんの後代子孫の前に、美しく、私が息子・娘、子孫たちを残せなかったことを残すことができる先祖となるように願うだけです。ほかに望むことがありません。それが願いです。

 お金も必要なく、福も必要ないのです。お金があれば何をしますか?福があれば何をしますか?皆さんの子孫の前に残してあげるためのみ言の教本と教材が残っているのです。それを尋ね求めながら、そこに合うように、その言葉の前に、私が実に違いないと誇ることができれば、先生は皆さんの背後に、子孫の世界と共に生きるという、永遠に一緒に住んでいるということを…

 一緒に住みましょう。そのときは皆、会えば挨拶する世界になるでしょう。その世界にも一緒に行きましょう。どうですか?(「はい」)行きますか、行きませんか?(「一緒に行きます」)           (トゥデイズワールド 天暦11月号より抜粋)

 
※ヤン会長による基元節聖酒式特別メッセージのビデオを視聴
ヤン会長
 




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